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文化財 仏像のよこがお
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−第33回−文化財 仏像のよこがお「村のシンボルとしての仏像」
阿弥陀寺 薬師如来坐像 かつらぎ町教良寺(きょうらじ)地区は、高野山鎮守の丹生都比売(にうつひめ)神社がある天野地区に隣接し、地区内には高野山上に至る世界遺産の町石道が通ります。かつて弘法大師入定の旧暦3月21日に行われ… -
−第32回−文化財 仏像のよこがお「小さな胎内仏が伝える信仰史」
有田川町の歓喜寺は、京都・高山寺を開いた高僧・明恵(1173~1232)ゆかりの寺です。明恵没後の建長年間(1249~1256)の初めごろ、弟子であった喜海が願主となって、その生誕地に創建されました。その後、戦国時代の末… -
−第31回−文化財 仏像のよこがお「丹生明神の道と頬切地蔵」
かつらぎ町の三谷地区と天野地区を結ぶ三谷坂は、2016年に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されました。10世紀ごろ成立した「丹生大明神告文(のりと)」に記される神話によれば、丹生明神は最初に奄田村石口(三谷の… -
−第30回−文化財 仏像のよこがお「現存最古の往生者坐(ざ)像」
高野山麓、有田川町の湯川川流域(上湯川・下湯川地区)の源流近く、日光山中に今は小さな祠(ほこら)を残すだけとなっている日光社があります。この地には平家落人伝承が残り、日光社の祭祀(さいし)を行った小松家も平維盛の子孫とさ… -
−第29回−文化財 仏像のよこがお「伝後鳥羽上皇像の本来の像主」
歓喜寺僧形倚像 高積山(たかつみやま)の麓、熊野古道に面して建つ和歌山市和佐の歓喜寺は、かつて熊野参詣者への接待所(湯茶や宿の提供)として機能していたことが分かる、熊野信仰研究の上で重要な寺院です。 この歓喜寺の本堂に、… -
−第28回−文化財 仏像のよこがお「和歌祭の仮面に仏の顔を見る」
和歌祭(わかまつり)は、徳川家康(東照大権現)の命日(旧暦4月17日)に行われる紀州東照宮の例祭で、今年は5月15日に催行が予定されています。 和歌祭の特徴は、みこし渡御の際にさまざまに仮装した練物(ねりもの)が多数… -
−第27回−文化財 仏像のよこがお「取り戻された等身大の観音像」
西山観音堂・十一面観音立像 紀の川市貴志川町西山地区の産土(うぶすな)社、丹生(たんじょう)神社に隣接して西山観音堂が建っています。江戸時代まで丹生神社の管理に携わっていた普門寺の唯一残った建物で、像高182cmの大きな… -
−第26回−文化財 仏像のよこがお「移動してなお地域に留まる仏像」
かつて阿弖河荘(あてがわのしょう)と呼ばれた荘園の西端付近、有田川町楠本の法福寺には、32体もの平安時代の仏像が伝わってきました。現在、仏像の一部は和歌山県立博物館に寄託されていますが、今も阿弥陀如来と二十五菩薩が極楽… -
−第25回−文化財 仏像のよこがお「社殿の床下に隠された仏像」
海南市大野中の県立海南高校裏の小高い丘に鎮座する春日神社は、古くは大野郷八か村の鎮守社でした。“大野十番頭”と呼ばれる地域の有力者たちによる護持の体制が、中世以来、現在まで引き継がれてきた歴史ある神社です。 2007(… -
−第24回−文化財 仏像のよこがお「阿弥陀如来から薬師如来に変身した仏像」
大泰寺 阿弥陀如来坐像 那智勝浦町下和田の大泰寺は、伝教大師最澄の開山と伝わる古い寺です。信仰の中心となる薬師堂には、本尊として1156(保元元)年に造像された阿弥陀如来坐(ざ)像(重要文化財)が安置されています。像高1…