−第45回−文化財 仏像のよこがお「八坂神社傘鉾祭の鬼面」
- 2023/8/24
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- 文化財 仏像のよこがお
高野山奥之院に源を発する不動谷川の上流域、谷に沿って民家が点在する高野町細川の集落に八坂神社があります。清流の向こうに社殿や阿弥陀堂が並び建つ様子は別天地の趣で、かつて牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)と呼ばれた神仏習合の景観が継承されています。神社の棟札に西南院や蓮(れん)上院の名が見られ、かつて高野山上寺院との深い関わりがあったことがうかがえます。
八坂神社では毎年8月16日に細川の傘鉾祭が行われます。頂上に龍(りゅう)を載せた大きな傘に幕を張り、その中に隠れながら移動した鬼が社頭で祝詞を奏上した後、参詣者の間を竹笹を振りながら巡り邪気をはらうもので、最後に外した鬼面を人々にかざして回ります。みやびやかな風流傘の祭礼と、疫病を防ぐ午頭天王の威力の発揮を組み合わせた内容です。
近年の調査で、使用している鬼面がとても古いものであることを確認しました。赤い顔で、額には先が二股に分かれた角が2本。眉には凹凸を設け、目を大きく見開き、牙と歯をむき出しにして威相を示しています。特徴的なのは突き出た鼻を上へ曲げ、先を膨らませた鼻孔を長く開けた表現で、類似した南北朝時代の鬼面が、高野山麓・かつらぎ町花園中南の上花園神社に伝わります。造形も自由で萎縮のない表現は中世仮面の特徴で、この鬼面の制作時期も南北朝時代から室町時代前期頃と推定されます。
箱書から、1755(宝暦5)年の段階で牛頭天王面が2面伝来していたことが分かり、かつては青鬼の面もあったようです。本来は修正会や修二会で使用された鬼面が、後に現在の芸態へと変容したのでしょう。高野周辺で鬼の芸能が盛んに行われていたことを伺える仮面です。
古い鬼面を守るため、このたび面打師の久保博山さんにより新調され、同じく復元新調した傘の幕(松鶴堂製)、龍(吉田生物研究所製)とともに今年8月16日にお披露目が行われました。地域の歴史と記憶を伝える隠れ里の祭りが、次の100年を迎えることを心より願います。
(和歌山県立博物館アドバイザー、奈良大学准教授・大河内智之)
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