お気に入りの曲で元気になることがあります。音楽(芸術)は人にどのような影響を与えているのでしょうか。今回はクラシックを主に取り上げます。
好奇心を持って楽しむことが大切
和歌山県文化奨励賞受賞のチェリストで、芸術と科学の融合を目指して研究を進めている「東京藝術大学Arts・Meet・Science(アーツ・ミート・サイエンス)プロジェクト」コーディネーターの谷口賢記(まさのり)さん(写真)に話を聞きました。
―音楽を聴くと、気持ちが切り替わったり、過去の情景がよみがえったりします。心や脳とのつながりをどのように考えていますか。
音楽は物理的には「空気中を伝わる音波の連続」で、耳から脳に伝わります。そこに何らかの意味を読み取ることができるというのは、脳に蓄積されているさまざまな記憶の引き出しを参照しているからだと思います。遺伝的な要因がどこまで絡んでいるかは分かりませんが、生まれてから接してきた多様な音楽のリズムのパターンや、その音楽を聞いたときの感情などは脳に蓄積されていくので、同じような音楽を再び聞いたときに懐かしいなどと感じるのではないでしょうか。
―環境や経験が価値観の形成にも関わると?
現代文明からかけ離れた生活をしていて、儀式のための打楽器的な音楽はあるけれども、西洋音楽の和声(音程のある2つ以上の音が響き合うときのさまざまなニュアンス)に触れたことのない民族は、協和音程(耳に心地よい和音)と不協和音程を聞き分けられないという論文があります。演奏や鑑賞の価値観が人によって異なるのは当然ですよね。
―でも、多様な音楽が聴ける環境にいたとしても、「クラシックは難しい」など、自分の好きなジャンル以外の音楽を受け入れにくい場合もあります。何かをきっかけに、「好き」になることもありますが…。
新しい刺激を受けることは、脳の活性化にもつながります。苦手と思っているものや、知らないものでも好奇心を持って、取り入れ、楽しんでみることが大切と思います。
―スポーツ選手など、試合前にお気に入りの音楽を聴いて、集中力を高めたり、リラックスしたりする姿を目にします。落ち込んでいるときなども、好きな曲を聴くと元気になりますよね。
精神論になってしまうかもしれませんが、深く音楽に感情移入することで、曲に込められた多くのメッセージに対する共感が生まれ、その喜びからポジティブ思考に。それが結果的に心身の健康につながるのでは、と思います。
―今後、音楽の役割は変わってくると思いますか。
個人的には、人と人とのつながりが軽薄になりがちな現代の直接的なコミュニケーションツールとして認知されていくことを期待しています。
―音楽でコミュニケーション、そして元気に、ですね。
はい。特にライブでは、演奏者との「言葉を介さない」対話が生まれ、CDなどでは絶対に感じられない臨場感があります。同じ空間で、作品を介して大勢の人と時間を共有すること自体にも魅力があると思います。来年、ベートーベンが生誕250年を迎えます。クラシックに触れるきっかけにしていただければ。
曲のストーリーを知り、味わう「第九」
―ベートーベンといえば、年末の日本の風物詩「第九(交響曲第9番第4楽章=歓喜の歌)」。曲の味わい方(ストーリー)を教えてください。
この曲は、4人の独唱と混声合唱が導入されていることもですが、それまでの交響曲でほとんど使われたことのないシンバルやトライアングルが登場するなど、交響曲の常識を打ち破ったものでした。そして、全てのドラマは第4楽章にあります。第1と第2、第3楽章の断片が登場しては、低音の弦楽器(チェロとベース)によって強く否定されるということの繰り返しが続き、ついに有名な「歓喜の歌」の主題が同じ低音の弦楽器によって最弱音で演奏されます。しかるべき本質を穏やかに見極めた境地でしょうか。その後、4人の独唱が導入され、最後には大合唱となります。
―ベートーベン初心者に聴くときのアドバイスを。
まずは表題のついた交響曲の第3番「英雄」、第5番「運命」、第6番「田園」などから入られると良いかと。本を読むときと同じで、全部聞き終えて、ストーリーを知ってから聞き直すと、その過程の意味が分かってきます。繰り返し聞くことで、より親近感を持てるようになると思います。
まずは第九から聴き始めてみては!
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