−第29回−文化財 仏像のよこがお「伝後鳥羽上皇像の本来の像主」

歓喜寺僧形倚像

歓喜寺僧形倚像

高積山(たかつみやま)の麓、熊野古道に面して建つ和歌山市和佐の歓喜寺は、かつて熊野参詣者への接待所(湯茶や宿の提供)として機能していたことが分かる、熊野信仰研究の上で重要な寺院です。

この歓喜寺の本堂に、後鳥羽上皇像と伝承されてきた僧形倚(い)像と、上皇の位牌(いはい)があります。後鳥羽上皇は熊野御幸を34度も行ったことで知られ、まさしく歓喜寺の傍らを熊野へ向けて歩んだことは確実でしょう。

歓喜寺は元は薬徳寺という寺院でしたが、後鳥羽上皇の後宮・大宮局が上皇の菩提(ぼだい)を弔うために、当地(和佐荘下村・南村)を京都・歓喜寺に寄進しました。その後、歓喜寺は奈良県・橘寺に寄進され、さらに薬徳寺の長老賢心上人恵甄(えけん)に譲られました。そして、薬徳寺と歓喜寺が併存し、寺号が統一されるという複雑な経過をたどっています。元々、寺と上皇の間にも何かゆかりがあったのでしょう。

この僧形倚像は、総髙90・6㌢、頬がこけて口のまわりにしわを寄せた老僧の姿で、衣と袈裟(けさ)を身に付け、いすに両足を下ろして座っています。皮膚のたるみまで表した迫真的な表情は、形式化しておらず、制作時期は南北朝時代、14世紀までさかのぼります。しかし、大阪府・水無瀬神宮所蔵の後鳥羽上皇像と風貌を見比べてみると、そこには全く類似点はなく、この老僧が後鳥羽上皇を表したものではあり得ません。ではいったい誰を表した像なのでしょうか。

左胸付近に見える袈裟を吊る円環(絡子環)は、禅僧特有のものです。禅宗では頂相(ちんぞう)といって弟子が師の肖像を作り、教えを受け継ぐ「師資相承の証し」とします。画像が一般的ですが、高僧の場合は彫像も作られます。歓喜寺の歴史上、頂相彫刻が作られるのは、先に名の挙がった賢心上人恵甄である可能性が高いでしょう。

熊野参詣者を支援した高僧は、700年の時を超えて今も生前の姿を、ゆかりの歓喜寺にとどめ続けているのです。
(元和歌山県立博物館主任学芸員・奈良大学准教授・大河内智之)

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